エリアマネージャー

松本 岳大

「一緒に成長してきた会社。事業のトップとして指揮したい」

エリアマネージャーの仕事は?

今までは長野と茨城、高崎の3店舗の担当でしたが、8月からはメンズカテゴリー兼全店舗を担当しています。30店舗を見ている中で、お店にも立ったりしながら、オープン準備や、組織決め、月次報告や商品部とのセッションと、いろんな業務が平行しています。今はお店が増えているので、毎日がめまぐるしく経験したことがない仕事に挑戦しているので、大変ですが、楽しいですね。

あとは、早く物事の決済を進められるように、いかに会社のルールとしてフォーマット化していくのかを考えています。店長のスキルやお店を評価するならどこの力を見極めるのか、それを感覚ではなくてプラットフォームとしての手順と論理があったうえで、早く決済できるようにしたいです。

新卒から8年目、
これまでの変遷は?

新卒の配属が新宿店で、そこで店長になり、次に名古屋で店長として新店舗の立ち上げを経験しました。その後レディースのMD、メンズのバイヤーを経て、長野店のリニューアルプロジェクトを担当し、全国を担当するエリアマネージャーになりました。

お店によってイベントが違いますが、どのように決めていますか?

長野店は、もう一度路面店を盛り上げようというプロジェクトで、日本酒の別注を企画したり、地場に根付いたお店としてリニューアルをしました。基本的には企画はスタッフからですが、どうしたらもっと喜んでもらえるかを一緒に考えています。今度の古河店のイベントでは、お客様にカレーを配るのですが、ケータリングを呼ぶだけでいいのか、もっと踏み込んだ方が良いのかなどを話し合いました。そこで、どうせなら食材にこだわろう、買うのではなくて地元の方に協賛してもらおうと進み、集まった素材をみて、カレーをやろうと決まりました。特に地方の路面店は、地場に根付くことでグルーブが生まれ観光客も合わせて来て頂けるようになると思っています。

仕事で忘れられないエピソードは?

名古屋店は、初めて関東から離れた出店で、マネージャー兼店長という形での新店立ち上げでした。その当時の名古屋ではフリークスは無名で、今自分が作るお店が全てになるんだなと思った記憶があります。

印象に残っているのは、その1周年記念のイベントのことです。アメリカのブライアン・ベントというアーティストが、それまでは渋谷店で毎年イベントをやっていたのですが、その年は梅田店の立ち上げイベントと、名古屋もやってもらうことになりました。当日はお客様が200名くらい来てくれて、他の店舗よりもダントツで多く、アーティストも一番楽しかったと言ってくれました。お客様満足、取引先満足、それに自分たちのやりがいとしても満足という理想のイベントになりました。

また、その頃から街を歩けば誰かしら知り合いがいる状態になっていました。ちょっと飲み会をしても、自然と人が増えて2,30人くらいの飲み会になったりと、コミュニティーができていました。横の繋がりを作ることも仕事だと思いますし、いいお店だと紹介をしてくれたりと、お店づくりは街づくりだと実感しました。

若手の成長の機会は
どうやって与えている?

大きく分けて指示と支援で、明確に指示をすることと、それをやる中で支援してあげるということです。何をやるのかがはっきりしていれば本人はイメージしやすいですし、その中でうまく行かないときは手を差し伸べれるような環境ですね。

オーナー店長になれという言葉は最近よく社内で出ていて、店長というよりも店主というマインドでやろうと。自分で仕入れもして、売り場も作って、接客もして、人の育成もするのが個店の店主さんだと思うので、そういう思考を会社の中でももっと持っていくべきかなと思います。

お店で大事にしていることは?

もともとデイトナのルーツとして、DIYやハンドメイドがあります。入社した当初、閉店した後の照明を落とした店内で、好きなものに囲まれてまったりする時間が良いと聞いていましたが、私たちにとってお店は宝箱であり家です。なので、その大切な家に人を呼ぶような感覚でイベントをやるというのがルーツとしてあります。

また挨拶は、空気が明るくなるので欠かさずにしています。渋谷店ではスタッフ同士の挨拶は、メンズもレディースも最初に必ず握手をしていて、距離感が一気に縮まるのでずっと続けています。おはよう!から始まって、今日も頑張ろうだったり、服や化粧が変われば一言言ってあげたり。仲間に挨拶ができないとお客様にもできないので大切にしています。

デイトナに入ったきっかけは?

新卒では大手のアパレルや、接客が好きだったので外資系のメゾンも受けていました。そんな中でこの会社に入る前に言われたことが、大きな会社で小さいことをやるのか、小さい会社で大きいことをやるのかどっちがいいか、ということでした。幼い頃からこの業界しか考えていなかったので、名前が残る仕事をしたいと思ったことが大きなきっかけですね。
ただ、業界的には小さい仕事ではなく、会社を大きくして、そこで大きな仕事ができるようになれば、もっと意味のある、アパレル業界を良くすることに繋がると思っています。

どうしてずっとアパレルを
目指していたのですか?

親が映画関係の会社で働いていて、映画はよく観て影響を受けています。小学生の頃はバックトゥーザ・フューチャーをみて、コンバースにデニムのセットアップとパーカーを着ていたり、日本にできたばかりのGAPでは王道のアメカジスタイルを買っていました。そうやって服に興味があったので、中学の頃にセレクトショップに行くようになったのですが、緊張するし、何か一つのこと聞くにも脂汗をかいちゃうみたいな。当時の販売員さんは今よりもプライドが高かったと思いますが、何を食べたらそうなるのってくらいキラキラして見えていました。それで一生懸命お小遣いを貯めたりアルバイトをして、どんどん服につぎ込んでいた時に、「あの人たちと肩を並べて服の話ができたらすごいだろうな」と思ったことがアパレルを目指したきっかけですね。大学生になってからは、すぐに地元のお店にアルバイトの応募をし、フリーターくらいシフトに入るという条件で採用をしてもらい働き始めました。

会社のいいところは?

人です。距離が近いから良いところも悪いところも見えて、本音で話をするので人の良さが出てくるのかなと思います。結局は良いところがあればその人を愛することができますからね。逆にあんまり仕事しなくてもいいやって人はついて来れなかったり、そういうマインドの子も意欲的になったりと、ネガティブに仕事を捉えている人がいないからですかね。

仕事のやりがいは?

現場にいるときはもっとこうすればいいのにと思うのですが、今は自分の責任として形にしないといけません。自分の思いや判断を言えますし、決断する責任を与えられていることは、やりがいがある反面ものすごく難しいです。もっと業界や社会の流れをみて、会社がどういう方向にいくべきかという経営的な目線を持っていないと判断ができないので、日々勉強です。

個人で大事にしていることは?

20店舗を超えるくらいから、会社を大きくするためには、ちゃんと遊ぶときは遊んで働くときは働くようにと切り替えています。それこそ新人店長のときは、先輩達より働いて結果を出そうという思いが強ったので、朝まで売り場を変えるようなこともありましたからね。でも逆に立場が上になるほど、言葉や行動に責任が出てくるので、目指したいと思ってもらえるかを考えるようになりました。自分がきつい顔して仕事するよりは、手際よく仕事して、成果を残す。それでいて周りの仲間も楽しそうに働く状況の方が憧れられると思っています。

また、代表はやっぱりみんなのミューズになっています。あれだけ遊びも仕事もして、好きなように生きているようにも見える人って、やっぱりアメリカンドリームを掴んだ人ですよね。そのイメージがあるので仕事も遊びも充実させるために、まずはトップレベルに仕事をしようという思いが強いです。

5年後の目標は?

5年後に売上が200億円になったときには、うちがメジャーとして見られるので、今のままではまだまだダメですね。日本の中でトップセレクトショップと言われる存在になっていることが目標です。個人としては、今は事業のトップになりたいという思いがあります。先輩の方が思いは強いかもしれないですが、フリークスがここまで成長している姿が、自分と一緒に成長している感覚があるので、ここまで来たら事業のトップとして指揮を取ってみたいです。